NEM財団【後編】ブロックチェーンで「新しい経済圏」を作る

ASEAN・マレーシアのブロックチェーン・仮想通貨革命

NEM財団の前編では、NEM財団が誕生した経緯や、クアラルンプールで「NEMブロックチェーンセンター」をオープンする目的について、NEM財団マレーシアに取材した。

 

後編では、NEM財団が目指すもの、NEMブロックチェーンで世の中がどう変わる可能性があるのかをみていきたい。

 

前半記事 「第六回 NEM財団【前編】「ブロックチェーンセンター」KLで開業へ」 はこちらから

 

 

NEMブロックチェーン実用化への動き

NEMブロックチェーンを活用したいという企業からの問い合わせはすでにいくつもあり、実用化されつつあるものもある。

 

もっとも有名なのが、日本の仮想通貨取引所「Zaif(ザイフ)」を運営しているテックビューロがNEMブロックチェーンを元に開発したプライベートブロックチェーン「mijin(ミジン)」だ。

 

最近では、ジャパンネット銀行が契約書締結過程でブロックチェーンを活用できないか、mijinを使ってその有用性の検証を始めた。目的は業務効率化やペーパーレス化だ。

海外では、ロイヤリティープログラムのシステムを開発しているフィリピンの「appsolutely (アップソルートリー)」という企業のプロジェクトが話題になっている。

 

 

appsolutely出典:Appsolutely Inc. / appsolutely.ph

 

 

appsolutelyはNEMと協力し、NEMブロックチェーンを利用したロイヤリティープログラムのシステムを開発。これは、いわゆる「ポイント」に当たる報酬を仮想通貨LOYALCOIN(ロイヤルコイン)に置き換えるというものだ。

以前からappsolutelyの顧客だった企業には、フィリピン国内のスターバックスやファミリーマート、コットンオンをはじめとする国際的な企業も多く、LOYALCOINを受け入れる小売店やサービスが国境を越えて広がれば、利便性はかなり高くなるといえるだろう。

 

話はこれで終わらない。

LOYALCOINと協力してシステム作りに取り組んでいるNEMのもとに、インドネシアの企業がコンタクトをとってきた。「Pundi X (プンディエックス)」という小規模な小売り店やサービス向けにPOSシステムを提供している企業である。

 

Pundi Xは、QRコードによる決済システム「PundiーPundi(インドネシア語で財布の意味)」がジャカルタで10万人のユーザーを獲得したのを土台に、次のプロジェクトとして仮想通貨での決済システム「Pundi X」を作りたいのだという。そのシステムにNEMブロックチェーンを活用したいという相談だったのだ。

 

 

出典:Pundi X Labs Private Limited. / pundix.com 
Pundi Xが目指すのは「コンビニでペットボトルの水を購入するくらい簡単に暗号通貨の購入、利用ができる世の中」

 

 

「Pundi Xには、LOYALCOINのシステムをそのまま使うことが可能なので、何も作る必要はないよ、と伝えました」とランスさんはNEMのネットワークが広がっていくのが楽しくてたまらないというように微笑む。

 

Pundi Xは、LOYALCOINのシステムと提携しており、将来的にユーザーは両方のシステムを利用できるようになるという。

 

さらに、同じシステムを利用してこのネットワークに加わる予定なのが、シンガポールの従業員向け福利厚生プログラムを提供している某企業だ。

フィットネスジムや保険などの利用に使えるポイントが、LOYALCOINやPundi Xと互換性を持つようになるという。

 

「同じブロックチェーンのシステムを使って、フィリピン、インドネシア、シンガポールの数十億人にリーチできる新しい経済圏ができるわけです。これこそ、NEMが目指すNew Economy Movement(新しい経済活動)そのものですね」

 

appsolutelyやPundi Xは、東南アジアにとどまらず、アメリカやヨーロッパへの進出も視野に入れている。仮想通貨や貯めたポイントを使って、世界中のスターバックスやファミリーマートを含むさまざまな店やサービスの決済が出来るようになる日は近いかもしれない。

 

 

 

ドバイは2020年までに「ブロックチェーン都市」を目指す

企業だけでなく、一国の政府がブロックチェーンを導入しようとしている例もある。

アラブ首長国連邦、ドバイ政府の取り組みだ。

 

実はスティーブンさんは取材当日、ドバイ政府に招待されて会議に出席し、マレーシアに帰国したばかり。楽しそうにドバイでの経験を話してくれた。

 

「ドバイでは2020年に国際博覧会(Expo 2020 Dubai)が開催されます。世界20カ国が出展するほか、シーメンスのような世界的な大企業も参加を決めている。ドバイの町の50km南に巨大な会場を建設中で、Expo開催後はそのままプトラジャヤのように新しい町になるそうです。
ドバイ政府は、Expoが開催される2020年までに、ブロックチェーン都市となるための計画を進めています。政府のシステムだけでなく、あらゆる産業や市民がブロックチェーンを活用できるようにしようとしているのです」

 

例えば、土地の所有権を売買する場合、マレーシアでは弁護士を間に入れ、さまざまな書類を用意して…とかなりの時間と手間がかかる。しかし、ブロックチェーンを利用すれば、決済が終了するのと同時に権利が移る。一瞬で手続きが終わるのだ。

 

「My Kad(マレーシアのIC)などICの管理、車の登録、賃貸や売買など法的な契約、サプライチェーン、流通など、フィンテック以外にも、生活のさまざまなシーンでブロックチェーンを活用できる可能性があります」

 

 

 

NEMブロックチェーンの利点とは

前述の複数の企業がシステムの土台として選んだのはNEMブロックチェーンだったわけだが、なぜビットコインやイーサリアム(Ethereum)ではなく、NEMが選ばれたのだろうか。

もっとも注目すべきなのは、NEMのブロックチェーンを土台にして独自システムを構築するのに、特定のプログラミング言語を学ぶ必要がないことだ。

 

例えば、イーサリアムならSolidity(ソリディティ)、ビットコインならScript(スクリプト)と呼ばれるプログラミング言語の習得が必要になる。

なぜNEMのブロックチェーンはどんな言語でも開発が可能かというと、ユニバーサルAPI(Application Programming Interface)という他のソフトウェアとの連携を容易にするインターフェースを公開しているからだ。手軽に、また自由に開発ができるブロックチェーンだといえるだろう。

 

もう一つの利点は、NEMの完成されたシステムをカスタマイズして、独自のシステムを作ることが出来ることだ。

 

「例えば、NEMのSmart Asset System(スマート アセット システム)の一つモザイク(mosaic)を使えば、独自のトークン(コイン)を簡単に発行できる。例えば、サトシさんが『サトシコイン』を発行するのだって5分もあればできるんだよ」とランスさん。

 

一からコーディングしていく必要がないので、費用も時間もそれほどかけずに新しいシステムを作ることが可能となるわけだ。

 

 

 

ビットコインの欠点を克服したNEM

NEM財団の理事長はマレーシア人

 

 

さらに、ランスさんは「ビットコインの二つの欠点を克服したのがNEM」と語る。

 

ビットコインの欠点とは、まず「マイニング」で大量の電力が消費されること。

マイニングとは、ビットコインの取引記録をブロックチェーンに正確に記録するために必要なコンピュータによる計算作業である。膨大な量の計算をこなさなければならず、大量の電力を消費するのだが、マイナーはこのマイニングの報酬としてビットコインをもらえる仕組みになっている。

 

現在、多くのマイナーが世界中にいて、同時にこの処理に取り組んでいるわけだが、マシンの処理能力が高く、もっとも速く処理を終えたマイナーだけがビットコインを手に入れられる。その他のビットコインを手に入れられなかったマイナー達が消費した電力はまったくの無駄になってしまうのだ。ビットコインのマイニングは、効率が悪く、環境にも悪いと言われるのはこのためだ。

 

もう一つの欠点は、マイニングの処理を「大規模マイナー」に依存している点である。

現在、資本のある企業や個人が大規模なマイナーとして参入してきており、ビットコインの維持に必要な計算処理の多くをこの大規模マイナーが行っている。

だが、万が一、この大規模マイナーが突然マイニングを止めたらどうなるだろうか。おそらくビットコインのネットワークを維持するのが大変になるだろう。

実際のところ、大規模マイナーがビットコインのマイニングを止めて、自分で独自通貨を発行し始めたケースは多く、ビットコインから分裂したビットコインキャッシュなどはそのいい例だ。

 

以上2つの「ビットコインの欠点」を、NEMは克服したのだという。

 

まず、NEMのブロック生成にかかる時間は1分程度。これは、ビットコインの10分の1と非常に速く軽いため、処理能力の低いスマートフォンでもゆっくりだが処理が出来るほどだ。

「NEMは、非常にエコフレンドリーで効率のいいつくり」といえるだろう。

また、ビットコインのマイニングにあたる処理をNEMでは「ハーベスティング(収穫)」と呼ぶが、どのアカウントがハーベスティングできるかは、NEMのコミュニティーにどれだけ貢献したかで決まる。

これは、Proof-of-importance(IOP)と呼ばれるもので、XEMを活発に取引した人がより「重要」とされ、利益を得ることができる仕組みなのだという。

 

NEMは、このIOPという仕組みによって、処理能力が高いマシンを大量に持つ一部の参加者だけが利益を得たりすることのないネットワークを実現したのだ。

 

 

 

目指すは「Linux」や「Android」

スティーブンさんは、「NEMが目指しているのは、Linux(リナックス)やAndroid(アンドロイド)のような存在になること」だという。

 

オープンソースのオペレーティングシステム「Linux」は、約30年前に誕生。

当初は一部のエンジニア以外は重要視していなかったが、オープンソースでプログラムを公開していたので、多くのエンジニアたちが開発に参加し、現在ではスーパーコンピュータやサーバにもっとも利用されているオペレーティングシステムとなっている。

このLinuxも普及を目的とした非営利の財団を設立しており、NEMもLinuxに倣って財団を設立したのだという。

 

今では知らない人はいないアンドロイドは、グーグルが開発し、やはりオープンソースとして発展してきたオペレーティングシステムだ。現在、スマートフォンに利用されているOSとしてもっとも大きなシェアを誇る。

スティーブンさんは語る。

 

「NEMブロックチェーンもオープンソースです。誰でもダウンロードして、好きなようにアプリケーションを作ったりすることができるし、そうやってどんどん新しい技術やシステムが生み出されるのをNEM財団はサポートしていく。
インテルのように、多くのマシンに『Poward by NEM』というロゴが付いていて、NEMブロックチェーンが生活を支えるあちこちのマシンで使われている。将来、そんな日が来るかもしれません。そうなったらうれしいですね」