ASEAN・マレーシアのブロックチェーン・仮想通貨革命

 

日本の仮想通貨取引所「Coincheck(コインチェック)」が、顧客の仮想通貨NEM(ネム、単位はXEM/ゼム)約580億円分を不正流出させた問題ですっかり有名になったNEM財団(NEM Foundation)。

 

実は、NEMは2015年に開始された時からエンジニアの間では知られた存在で、「ファン」とも言える強力なコミュニティーが世界中にある。日本にも、NEMファンがオープンした「NEM bar」が渋谷で営業しており、もちろん決済はNEMで行える。

そんなNEMが「NEM Blockchain Center」をクアラルンプールに開設するというニュースが2017年中頃から出回っていた。

NEM財団に取材を申し込んでみたところ、意外にもスムーズに話が進み、2月14日、ブロックチェーンセンターの建設が進むKLのショッピングモールで、NEM Malaysia責任者の二人に会うことができた。

 

 

NEMブロックチェーンセンターNEMブロックチェーンセンターが入居するショッピングモール。

 

 

 

「NEM財団」の理事長はマレーシア人

指定されたのは、閑静な住宅街が広がるTTDI(Taman Tun Dr Ismail)エリアに2017年にオープンしたショッピングモール「Glo Damansara(グローダマンサラ)」。2017年に開通したMRTの駅から徒歩すぐの便利な立地だ。

 

今回お会いしたのは、NEM財団の理事の一人であり、NEMの東南アジアを統括するStephen(ステファン)さんと、NEM MalaysiaのプロジェクトディレクターであるLance(ランス)さん。二人ともマレーシア人だ。

 

 

NEM財団の理事長はマレーシア人ステファンさん(右)とランスさん。建設中のNEMブロックチェーンセンターの前で。

 

 

二人とも温和な雰囲気で「どうやってNEMのことを知ったの? あなたがNEMブロックチェーンに来た初めての記者だよ」と笑顔で迎えてくれた。

「NEMは世界中で有名ですよ。日本にはNEM Barもあるし、特にCoincheck(コインチェック)の一件のあとはもっと有名になりましたよ」と答えると、「へえ~、そうなんだね」と、拍子抜けするほどのんびりとしている。

 

ステファンさんは「コインチェックの不正流出の問題によってNEMはそれほど影響を受けていない」と説明する。

 

「コインチェックの事件は、銀行員(コインチェック)が金庫のドア(ウォレット)を開け放しにしていたようなもの。彼らは、NEMが提供していたマルチシグなどの安全策を実装していなかった。だから不正流出が起こったのです。NEMでは ハッカーのウォレットを監視しており、送金されたらその送金先のウォレットも監視できます。最終的にXEMが法定通貨に兌換されたらそのときに犯人の素性が分かるはずです」

 

二人からはさまざまな話が聞けたが、ここではNEMの誕生から順を追ってみていきたい。

 

 

 

NEM財団はこうやって誕生した

あまり知られていないが、NEM財団の理事長(President)のLon Wong(ロン ウォン)氏はマレーシア人である。今回取材に応じてくれたステファンさんと同じクアラルンプール出身で、二人は小学校からの同級生だ。

 

進学するにあたり、ウォン氏はオーストラリアへ、ステファンさんはアメリカへと旅発った。

 

その十数年後、ウォン氏とステファンさんはマレーシアで一緒に起業する。会社の名前は「Bizsurf(ビズサーフ)」。クアラルンプールにワイヤレスブロードバンドを広めたパイオニア的企業である。

 

ウォン氏は大きく育てたBizsurfを、マレーシアの財閥の一つ「YTL(ワイティーエル)」に売却。現在では4Gサービスを提供する「Yes」というブランドで展開されているといえば、クアラルンプール在住の方なら青い「Yes」のロゴが想い浮かぶだろう。

 

売却後、ウォン氏は充電期間をオーストラリアで過ごす。

その頃、既にエンジニアの間では「ブロックチェーン」の可能性への期待は大きくなっており、Bitcoin(ビットコイン)の名前も知られ始めていた。

 

ウォン氏は、オンライン上のビットコイン Talkフォーラムに参加。そして、ビットコインの「欠点」に気づき、もっといいものを作れないかと考えている世界中の若いプログラマーたちに出会う。ウォン氏のほか、欧米出身の4〜5人のプログラマーたちが協力して作り上げたのが、「Java」で書かれたNEMブロックチェーンである。

 

NEMブロックチェーンのテスト期間が終わり、正式に運用を始めるにあたり、「誰が代表者になるか」という問題が持ち上がった。そして、選ばれたのが「もっとも年齢が上でビジネスの経験が豊富な」ウォン氏だったというわけだ。

 

ウォン氏の主導でNEM財団が作られ、登記しやすいシンガポールに会社を設立。

約90億XEMが発行され、そのうち20%は資金として財団に残し、それ以外はNEMのサポーターとなるべく手を上げた人に配布された。

 

ちなみに「NEM」という名前は、「New Economy Movement(新しい経済活動)」を意味している。

 

 

 

NEM財団はブロックチェーンを広めるための非営利の教育組織

「NEM財団は非営利団体。NEMブロックチェーンを広めて教育するための組織です」とランスさんは強調する。

 

では、なぜNEMは仮想通貨XEMを発行したのか。

 

「ビットコインなど仮想通貨はどう利益を得るかという側面ばかり注目されてしまったが、XEMは投資のためではなく、NEMのブロックチェーンをサポートしてくれるコミュニティーを形成するために発行されたのです。成長が見込める新興企業の『株』のイメージですね。
世界中にNEMのブロックチェーンが広まって重要性が高まれば、XEMの価値もさらに高まっていくはず」

 

NEM財団が保有していたXEMの一部を資金として今後の教育活動にあてていく計画だ。

現在建設されているKLのNEMブロックチェーンセンターは、まさにNEMブロックチェーンを広め、教育するための場所となる。

 

 

マレーシアNEMNEMブロックチェーンセンターの広さは約1万平方フィート(約930平方メートル)。設備は、セミナールーム、イベントスペース、シェアオフィス、コワーキングスペース、ブロックチェーン博物館、カフェなど。

 

 

クアラルンプールには現在9人のスタッフがいるが、最終的には50人規模の組織になるという。

 

 

NEMブロックチェーンセンター

 

 

現在NEMは、アメリカ、中国、ヨーロッパ、東南アジア、中東(ドバイ)に拠点があり、スリランカ、インド、アフリカ地域のパートナーとも拠点設立の準備を進めるなど、まさに世界中にネットワークを広げつつある。

クアラルンプールのセンターを設立した後、各地に同様のセンターを作る予定だという。

 

センターでは、ブロックチェーンについてのさまざまなクラス、スタートアップ企業のためのインキュベーションプログラムやファンドプログラムが展開されるほか、NEMのブロックチェーンを活用したい企業のサポートも行う。

ちなみに、驚くことにNEM財団が主催するクラスは基本的に無料だそうだ。

 

また、マレーシア政府傘下の教育機関、MaGic(Malaysian Global Innovation & Creativitiy Centre)や、MEDC(Malaysia Digital Economy Corporation)とも協力し、マレーシアにブロックチェーンの技術を広め、活用出来るような技術者を育てていくという。

 

「ブロックチェーンのエンジニアは世界中で必要とされているが、まったく数が足りていない。勉強してブロックチェーンのプログラミングが出来るようになれば、キャリア5年のマイクロソフト認定のエンジニアよりずっといい給料が貰えるようになる」とステファンさんは言う。

 

ブロックチェーンの開発は、今まさに創世記を迎えている。

 

後編記事 「第七回 NEM財団【後編】ブロックチェーンで「新しい経済圏」を作る」はこちらから