ASEAN・マレーシアのブロックチェーン・仮想通貨革命

2017年4月、日本では仮想通貨に関する新制度「改正資金決済法」が施行された。

この法律は「仮想通貨も通貨同等の財産的価値をもつ」と定義するもので、仮想通貨を正式な決済手段として認めている。いわば、政府が仮想通貨にゴーサインを出したようなもので、日本では2017年は「仮想通貨元年」といわれ、今や日本のビットコインをはじめとする仮想通貨取引量は世界一ともいわれている。

 

一方、マレーシアやASEANにおける仮想通貨を取り巻く状況はどうか。

すでにマレーシアリンギットで売買できるビットコインの取引所が複数あり、売買も行われているものの、2017年11月20日現在、まだ政府による法律や規制はない。

 

2017年末には、マレーシアの中央銀行や証券委員会による新しい規制が発表されるとみられているが、その内容が仮想通貨の取引を禁止する方向か、または促進する方向なのかは明らかではなく、それ次第でマレーシアの仮想通貨ビジネスの将来は大きく変わる。

 

この連載では、マレーシアの仮想通貨ビジネスの関係者に取材し、今後のマレーシアにおける仮想通貨の可能性を探っていく。

 

連載第一回では、マレーシア人が創業したものとしては初のビットコイン取引所Xbit Asia(エグジビットアジア)のCEOであるユワラジャン(Yuwa Rajan)氏に取材した。

 

 

 

オフィスはショップロットの2階

2016年末、ビットコイン取引所「Xbit Asia」がオープンした。

場所は、クアラルンプール日本人学校にもほど近いエリアで、ローカル色あふれるショップロットの2階にある。訪ねると、創業者でCEOのユワラジャン氏が、こぢんまりしたオフィスでにこやかに迎えてくれた。

オフィスの一角に小さなテーブルと椅子があり、その奥には20脚程度の椅子が並べられている。ビットコインについての正しい知識を広めることに力を入れており、毎週ここでビットコインに興味がある人を対象にセミナーを開催しているという。

ビットコインを語るうえで忘れてはならないのが「ブロックチェーン」というシステムだ。この理論はナカモトサトシという人物が発表したとされており、その理論を書き記したA4サイズの8枚の紙がオフィスの壁に張られている。

小さく地味なオフィスだが、Xbit Asiaの取引所では、多いときには1日で100万リンギットもの取引があるという。

 

Xbit Asia 創業者でCEOのユワラジャン氏

 

 

ブロックチェーンが「革命」を起こす

あいさつもそこそこに、ユワラジャン(Yuwa Rajan)氏は、ブロックチェーンについて熱く語り始めた。 

 

「私たちは国の通貨をコントロールできない。紙幣をどれだけ印刷して流通させるのかは、中央銀行と政府がコントロールしているからね。
しかし、ブロックチェーンがそれを変えた。ブロックチェーンを使った仮想通貨は、履歴が残り、可視化され、政府に操作されることはない。
しかも、銀行を通さずに海外にいる相手に支払いをしたり、送金したりもできるうえ、
銀行を通すより格段に速く、手数料も安い。インターネットを通じてメールと同じようにして相手に送信でき、クレジットカードのように個人情報を入力する必要もない。
インターネットは社会を変えたが、ブロックチェーンは、これまでの中央主権的な通貨の概念を変えるだろう」

 

ユワラジャン氏は以前、サイバーセキュリティに関わる仕事をしていたという。だからこそ「ブロックチェーンのすばらしさにいち早く気づいた」わけだ。数年前、話題になり始めていたブロックチェーンとビットコインの可能性にほれ込み、同じくシステムに詳しいマック・シバネサン(Mac Sivanesan)氏と共同でマレーシアリンギットでビットコインを売買できる取引所Xbit Asiaを創業。

 

「ブロックチェーンを使えば、お金のやり取りだけでなく、例えば医療業界なら、カルテのような個人情報に世界中どこからでも安全にアクセスできる。今後、さまざまなシステムを変えていく可能性を秘めているんだ。現在、どうやってブロックチェーンを有効に活用できるか、さまざまな企業へコンサルも行っている」

 

 

 

すべては政府の規制次第

Xbit Asiaはすでにオープンしているが、マレーシア政府は仮想通貨に関する規制について2017年11月20日の時点ではまだ発表していない。

 

ブロックチェーンは匿名性が高い故に、テロ資金を集めたり、マネーロンダリングに利用されやすいという特徴をもつ。その点が解決できない限り、政府としてはゴーサインは出せないというのが各国政府に共通する姿勢だ。

 

マレーシア資本初のビットコイン取引所のCEOとして、ユワラジャン氏は非公式に中央銀行や証券委員会と会合を重ねたという。中央銀行にとっては、まったく未知のテクノロジーであるブロックチェーンや仮想通貨に関する情報を専門家から入手するため、一方、ユラワジャン氏にとっては、正確な情報を伝えることで政府に的確な規制をしてもらいたいという思いがある。

 

規制がないとはいえ、利用者はIDやパスポートの情報をXbit Asiaに提出する必要があり、さらに、取引するにはマレーシアの銀行口座からオンラインで入金する必要がある。こうすることで、KYC(Know Your Customer、顧客情報の把握)やマネーロンダリング対策など、中央銀行の指針に沿う形で取引所を運営しているのだという。

 

ユワラジャン氏は「中央銀行は禁止する方向にはいかないと思うが、今はとりあえず待つしかない」と語る。

 

 

 

仮想通貨で決済できるサービスの増加がカギ

政府が方針を決めていないため、マレーシアの仮想通貨市場は「宙ぶらりん」な状態だ。

 

Xbit Asiaは、取引所を開設するにあたり中央銀行や証券委員会に相談はしたものの、公的なライセンスや許可を取得することなく営業を開始した。これはマレーシア国内における仮想通貨関連の事業全体にいえることで、グレーゾーンではあるが違法ではない。先んじたものが市場を制する可能性が高いと判断した企業が、政府の規制を待たずに仮想通貨のビジネスを始めているのだ。

 

カフェからエアラインまで、ビットコインでの決済を導入したい業者は実はたくさんあり、Xbit Asiaにも多くの問い合わせが来ている。だが、多くの企業は政府の方針が決まるまで導入には踏み切れないのだという。

現在でも、ビットコインで決済が可能なカフェやレストラン、クリニックなどはあるものの、小規模なものがほとんどだ。

 

ビットコイン決済の導入は簡単で、Xbit AsiaはAPIと呼ばれるプログラムをサービス業者に提供している。APIを使って端末と店のポスシステムを連動させ、端末にQRコードを表示させて、利用者がそれをスキャンすれば支払いは完了だ。

業者側は、全額ビットコインか、全額リンギットか、またはビットコインとリンギットの割合を選べる3つの選択肢があり、ビットコインの割合が多いほど決済にかかる手数料は低くなる。

 

ユワラジャン氏は、ビットコインで決済できるサービスが増えれば、取引所の流動性が高くなり、取引量も増えるとみているが、とにもかくにも、すべては政府の出方次第なのである。

 

 

 

Xbit Asiaの創業元年と今後

Xbit Asiaの取引所を支えるセキュリティシステムは海外のプロバイダーから導入したもので、二重のセキュリティ対策を設けている。

とはいえ、安全に仮想通貨を利用するには最低限の知識が必要となる。そこで、まずユワラジャン氏らが取り組んだのが、利用者の啓蒙だ。

 

「ハッキングされて破綻した(日本のビットコイン取引所)マウントゴックスのように、取引所に仮想通貨を入れておいたままにするとセキュリティとしてはぜい弱だ。きちんとパスワードをかけた自分のウォレットに移して管理するべきだ。我々はこういった基本的なことを利用者に教えている。それを守っていればハッキングされることはまずない」

 

セキュリティ対策の次に必要なのが、取引所の流動性だ。

「初めはみんなとにかく買う。だが、売る人がいないので取引所には流動性がなかった。今年の4月から7月にかけて、我々はかなりの額のビットコインを供給したのだが、供給すればするほど購入量が増えて、1日の取引高は最高で100万リンギットに達した。だが、市場の様子を見るため供給量を減らしているので、現在はそれほど取引は活発ではない」

 

もちろん、流動性を確保するために取引所が仮想通貨を供給するのはあるべき姿ではない。

仮想通貨でのサービス業での決済が増えれば、仮想通貨は取引市場に戻ってきて流動性が生まれる。政府の政策を待ちつつも、ビットコインでの決済を導入する業者を増やすためのさまざまな仕掛けを計画しているという。

 

現在、Xbit Asiaに登録している利用者は約12000人で、そのうち実際に売買をしているのは2000人程度。ほとんどがマレーシア人だが、5%ほどは外国人で、日本人の利用者も多い。マレーシアで買って海外で売り、差額を得るアービトラージ取引を行っている人もいるという。

 

海外からの投資も多く、日本からの引き合いもあるというXbit Asia。今後の動きが楽しみである。

 

Xbit Asiaオフィス内のセミナースペース

 

 

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