International School of Kuala Lumpur

日本ではまだまだ浸透しているとは言いがたい「国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)」。

 

日本政府は、2018年までに国際バカロレア認定校を200校まで増やすという目標を掲げているが、現在認定校は55校。

また、国際バカロレア資格を入学者選抜に取り入れている日本の大学は、54校にとどまっている。

 

世界に目を転じると、2017年の段階で世界140以上の国・地域に4846校の認定校がある。マレーシアでもその数は増えており、現在認定校は21校である。

クアラルンプールのインターナショナルスクールのなかでも長い歴史を持つThe International School of Kuala Lumpur(以下、ISKL)を訪ね、国際バカロレアの理念や教育とはどのようなものなのか、IBプログラムを履修している生徒達が国際バカロレアの教育をどう受け止めているのか取材した。

 

 

International School of Kuala Lumpur今年8月に開校予定の新キャンパス

 

 

 

IBの理念 ー 平和な世界の実現に貢献できる若者を育む

まずは国際バカロレア(以下、IB)のプログラムの概要を見てみよう。

 

IBは非営利団体の「国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)」が提供する国際的な教育プログラムである。1968年に設立され、今年ちょうど創立50周年を迎えた国際バカロレア機構は、第二次大戦後、戦争という悲劇を繰り返さないよう、世界の平和の実現に貢献できる若者を育むために産まれたという。

IBというと「国際的に通用する入学進学資格」というイメージが強いが、重要なのはまさにこの理念だ。

 

IBが理想とする若者は、知識があるだけでなく、自ら考え、好奇心をもって探求し、挑戦する人、また、アイデンティティが確立されており、信念を持ち、まったく異なる背景を持つ他者にも心を開き、思いやりを持てるなど、バランスのとれた人だとされている。

 

 

 

IBプログラムの仕組み

IBプログラムはもともとは高等教育がメインだったが、1990年代から対象を広げ、以下のように3歳からの初等教育と11歳からの中等教育のプログラムも実施している。

 

・初等教育プログラム(Primary Years Programme、PYP)3〜12歳対象。1997年設置。
・中等教育プログラム(Middle Years Programme、MYP)11〜16歳対象の5年間のプログラム。1994年設置。
・ディプロマ資格プログラム(Diploma Programme、DP)16〜19歳対象の2年間のプログラム。1968年設置。

 

3歳から16歳を対象とするPYPとMYPは、IBの資格取得に必須なわけではない。
必須なのは、日本の高校に当たるDPである。DPのカリキュラムを2年間履修し、最終試験を経て所定の成績を収めると、国際的に認められる大学入学資格である国際バカロレア資格が取得できる。

 

IB認定校とひと口にいっても、学校によっては一部のプログラムのみを提供している学校も多い。ISKLも実施しているのは、上記3つのIBプログラムのうちDPのみだ。

また、DPのカリキュラムをすべて履修して国際バカロレア資格を取得するのではなく、科目ごとのIB Certificate(サーティフィケート)を取得することも可能である。

 

 

 

 

DPカリキュラムー自分でテーマを設定し、調べて考える

DPの履修システムは、日本の大学に似ている。
生徒達はシラバスを参考に自分の興味がある教科を選択し、授業を受けるために各自クラスルームを移動する。課外活動も含め、時間の管理も含めた自己管理能力が自然と養われるシステムだといえるだろう。
また、それぞれの授業では、文系、理系科目を問わず、自分で問題を設定し、調べて考え、結論を出すことが求められる。

 

DPカリキュラムは大きく分けて4つのパートから成る。

以下の6つの教科群、課題論文(Extended Essay)、知の理論(Theory of Knowledge of Knowledge)、CAS(Creativity, Action and Service、キャス)である。

【6つの教科群】
1、言語と文学(Studies in language and literature)
2、言語習得(Language acquisition)
3、個人と社会(Individuals and societies)
4、実験科学(Sciences)
5、数学とコンピュータ科学(Mathematics)
6、芸術または選択科目(The arts)

以上の6つの教科群から3教科を高度レベル、3教科を標準レベルで履修するのだが、社会文化系が得意なら1、2、3を高度レベルで、理数系科目の4、5を標準レベルというように、生徒の能力や将来の方向性を鑑みて選択する。
また、この教科のなかから興味があるものだけを履修すれば IB Certificateが取得できる。

 

 

 

 

「課題論文」は英語で4000語(日本語で8000字)の大学の「卒論」のようなものである。

例えば今回取材した生徒の一人は、日本語で課題論文を書いた。 テーマは、「日本語の歌詞において表れる日本人のふるさと観:日本社会とその文化における『ふるさと』という概念はどのように言語を通して形成され、時代を通してどのように変化し、尚且つ重要性を継続したのであろうか」であった。

 

「知の理論」は、偏見や思い込みに気づけるようなクリティカルシンキングの力を養うことを目的としており、学習の成果を論文にまとめる。

この二つの論文の採点は国際バカロレア機構が行う。

 

そして「CAS」は、IBの理念である「世界の平和の実現に貢献できる若者を育む」ために非常に重要な要素である。多くの生徒にとって、CASは非常に大きな意味をち、人生を変えるほどの経験となることも多いという。

プログラムの内容は、各生徒の興味やスキル、価値観、バックグラウンドなどに応じて異なるが、創造的な芸術などの活動、スポーツなど身体的活動、自発的な交流活動といった体験的な学習など、課外活動のようなものだ。

 

例えば今回取材した生徒は、CASの活動としてダンスクラブを自分で立ち上げたり、難民のミャンマー人の子どもに教える活動に参加したり、地球環境のためにゴミを減らす啓蒙活動をしている「Trash Hero」に参加したりしている。

こうした活動を通じ、生徒たちは自己決定し、他者と共に活動し、目標を達成して達成感を得るだけでなく、内面的にも社会性が養われ、成長していく。

 

 

 

IBカリキュラムを選んだのは将来の可能性を広げるため

ISKLには33人の日本人学生がおり、高校にあたるハイスクールでは16人の日本人生徒が学んでいる。その中から、最終学年である12年生(17〜18歳)3人と、11年生(16〜17歳)の1人の4人が取材に応じてくれた。

 

IBカリキュラムを選んだ理由として4人に共通していたのが「進学」である。

進学する国が決まっていれば、その国の大学選抜方法に特化した勉強方法が効率がいいが、進学したい国を絞り切れていない場合、国際的に認知されているIBを選ぶことで、将来の選択肢が広がるからだ。

 

 

鈴木晴菜(はるな)さん(12年生)アメリカ→日本(インターナショナル校)を経てISKLに転校して約5年。DPを選択。

 

カナダへの進学がほぼ決まっているという鈴木さんは、当初はDPを専攻するつもりはなかったという。

「10年生(高校1年生)の時はアメリカへの進学を考えていたのでIBをとるつもりはありませんでした。しかし、音楽マネジメントという新しい分野を専攻したいと考えており、進学対象国をカナダと日本にも広げた場合、将来の可能性が大きいDPの方がいいと判断しました」(鈴木さん)

 

 

 

現在高校2年生の藤川さんも、アメリカ、カナダ、日本を進学先として考えている。

「将来は建築やデザインアートなどを学びたい。学費のことも含めて進学先は幅広く考えているので、将来の可能性を広げるためDPを選びました。DPはハードルは高いけど、自分がどこまでできるかチャレンジしてみたかったからというのも選んだ理由の一つです」(藤川さん)

 

 

藤川愛珠(まなみ)藤川愛珠(まなみ)さん(11年生)タイや中国、日本のインターナショナル校を経て、数カ月前にISKLに転入。DPを選択。

 

 

 

時間がかかってもやってみたかったからIBを選んだ

残念ながら、現段階では日本の大学でIBは広く選抜方法として取り入れられているわけではない。それでも日本の大学進学を予定しており、DPを履修している杉山さんはこう語る。

 

 

杉山佳那さん杉山佳那さん(12年生)日本人学校を経て中学1年からISKLに入学。DPを選択。

 

 

「3歳からマレーシアで育ち、日本で暮らした経験がないので、日本で生活してみたいこともあって日本の大学への進学を決めました。IBを選抜に取り入れている大学は日本にはまだ少なくて、本来ならSAT(大学進学適正試験)の勉強に集中したほうが近道なのですが、DPの内容に興味があり、時間がかかってもやってみたいと思ってDPに決めました」

 

ちなみに「大学では、日本とそれ以外の国の比較文化論を専攻したい」という杉山さんは「Bilingual Diplomaバイリンガル・ディプロマ)」の取得も目指しており、6つの教科のうち高度な言語能力を求められる「言語と文学」の科目を英語と日本語の両方で履修している。

 

 

 

やはり日本への進学を予定しており、IB Certificateを選択している横山さんは「DPを選択すると、アフタースクールも活動があったりするのですが、IB Certificateなら時間的にも自由があるのでコース(教科)のみにしました。進学については、日本の大学はDPの方が優先されますが、コースだけでもメリットはあると思います」と語る。

 

 

横山南風(みう)横山南風(みう)さん(12年生)小学校からインターナショナル校で学ぶ。ISKLに転校して約3年。IB Certificateを選択。

 

 

 

「自分で考える力をつける」授業とは

4人は口を揃えて生徒が「IBの授業は大変だけどおもしろい」と語るが、気になるのはどんな内容なのかということだ。

 

小学校まで日本人学校で学んだ杉山さんは「記憶する作業が多い日本の教育と異なり、自分で考えなければならないので、考える力が身につく」という。

横山さんも「クリティカルシンキング、つまり誰かが言ったことを鵜呑みにするのではなく、じゃあ自分はどう考えるのか、ということを考えるスキルが身につく。自分でも気づいていなかった先入観や固定観念に気づくこともあります」と同意する。

 

興味深かった授業として鈴木さんと横山さんが話してくれたのが「言語と文学」という科目でジェンダーについて考えた授業である。

 

 

生徒達は、ある大企業の広告を1950年代から時代ごとに探して比較し、歴史的出来事と関連付けながら、女性や男性の描かれ方がどう変わっていったのか、なぜ変化したのかを探る。広告は自分で探し、自分がこの時代にいたらどういうアクションを取っていたのかも考える。こういった内容を分析してまとめ、クラス内でプレゼンも行う。

 

聞いただけでも知的好奇心を刺激される、ほぼ大学の社会学レベルの内容だ。

 

また、ISKLには世界60カ国から集まった生徒がいるため、例えば歴史や地理の授業で日本のことが出てきたら、他の生徒が日本人の生徒に興味津々にさまざまな質問を投げかける。日本以外の国についても同様だ。

 

日常が国際交流ともいえるこういった学校生活を経て、遠い他国のことを先入観を排しつつ自分に引きつけて考えられる、まさにIBの理念にかなった世界の平和の実現に貢献できる若者が育っていくのだろう。

 

 

 

数学の授業では自分で公式を考えることも

上記はどちらかというと文系科目だが、理系科目も同様に自分で考えることが求められる。 

数学の授業の進め方を、杉山さんはこう説明する。

 

「日本だと公式を覚えてそれに当てはめて問題を解く訓練をするけど、IBの授業では公式は提示されず、どうやって解くのか各自で考えるところから始めます。
また、数学の公式を実際の生活に当てはめたらどうか、という授業もありました。
ある試験では、自分が興味がある内容の設問を作り、数学を使って答えを導き出すということをしたのですが、私は津波の高さと地震の大きさを示すマグニチュードの関連性について取り組みました。データを収集するところから自分でやって、公式も自分で考えました」

 

芸術系科目のレベルも高い。

将来は音楽マネジメントに興味があると話してくれた鈴木さんは、6つの科目のうち音楽を高度レベルの科目として選択している(高度レベルの音楽は来年度からは実施されない)。

 

 

音楽の授業だけでなく、音楽関連の課外活動の種類は多い。

 

 

「アナリーゼ(楽曲分析)の授業では、初見の音楽を音だけで分析して、どの時代のどの作曲家によるものかを考えたりします。クラシック音楽がメインですが、最近ではロックやヘビーメタルを分析したりしてとてもおもしろかった。大学で学ぶような内容をひと足早く学べるのでとても充実しています」(鈴木さん)

 

 

 

質のいいIBプログラムには経験が必須

マレーシアでは、IBプログラムを提供するインターナショナル校が増えてきている。

だが、IB認定校と一口にいってもその質はさまざまだ。

 

例えば、語学一つとっても、選択できる語学の種類は学校によって異なる。

日本人を受け入れてきた長い実績があるISKLでは、杉山さんのように日本語で授業を受けてバイリンガルディプロマを取得することも可能だし、習得できる語学の種類も多い。

語学だけでなく、ITなど最先端の技術も含め、さまざまな分野の専門家がそろっている。

 

 

新キャンパスには、コンピュータやサイエンスのための特別教室が設けられている。

 

 

「経験の長い先生が多いし、一般科目以外にも音楽やIT、デザインなどありとあらゆる分野の専門家がサポートしてくれるので、ISKLに転校したばかりの頃は、そんな設備があるの! そんな先生までいるの!と、驚くことばかりでした」(杉山さん)

 

また、教師にとってみれば、上で見てきたような「生徒に考えさせる授業」は、講義形式の授業よりも経験が物を言う。

ISKLには国際バカロレア機構でエッセイなどの採点をしてきた熟練の教師が多いため、世界のレベルと比較し、各生徒の実力が世界レベルのどのあたりなのかを見極めることができるだけでなく、生徒が自発的に行動し、考えるような授業ができるのだそうだ。

 

 

 

ISKL独自の「カウンセラー制度」

4人が「とても助かっている」と口を揃えるのが、ISKL独自のカウンセラーシステムだ。

 

各学年に2〜3人のカウンセラーがおり、生徒ごとに担当が決まっている。

カウンセラーは、各生徒の学力レベル、将来希望している進路、そのために現在どのコースを選択しているのかなどを把握しており、IBの教師とも連携して生徒たちのサポートをしているのだ。

 

 

教師とは別に、さまざまな相談にのってくれるカウンセラー。

 

 

カウンセラーは生徒にとって身近な存在で、進路についてはもちろん、個人的な悩みごとまで幅広く相談できる。また、カウンセラーは休み時間などにクラスを回って生徒の様子を確認し、気軽におしゃべりを楽しむこともある。

 

「ISKLに転入した際、DPを選択するにあたって、レベルについてなどカウンセラーにいろいろ相談しました。大学で学びたい内容も把握してくれているので、希望進路に合う学科がある大学のプロモーターが来校する際には連絡をくれます」(藤川さん)

 

ISKLの実績を見てみると、2015/2016年度では、IB Diplomaを取得した生徒は95人、合格率97.9%(世界合格率79.3%)。平均ディプロマスコアは35で、世界平均値の30を上回っている。さらに、IB Diploma取得者のうち約10%がBilingual Diplomaを取得している。

 

質のいいIBプログラムを実施するだけの経験、生徒達をサポートできる体制が整っているのがISKLといえるだろう。

次回は、ISKLの保護者コミュニティやスポーツ、芸術分野について見ていきたい。